1980年代初頭のイギリス・チャタム。煌びやかなシンセ・ポップがチャートを席巻していた時代に、あえてモノラル録音とヴィンテージ機材にこだわり、60年代ブリティッシュ・ビートの魂を現代(当時)に蘇らせたバンドがいました。それがザ・ミルクシェイクスです。
1984年にリリースされた本作『Nothing Can Stop These Men』は、彼らの膨大なディスコグラフィの中でも、その名の通り「誰にも止められない」勢いに満ちた最高傑作の一枚。装飾を一切排除し、真空管アンプの歪みとドラムの生々しい振動だけで構築されたサウンドは、今聴いてもなお、鮮烈な衝撃を放っています。
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音楽性と時代背景
本作の核心にあるのは、ハンブルク時代のザ・ビートルズが持っていた荒々しさ、そしてザ・キンクスの初期衝動です。しかし、単なる懐古趣味に終わらないのは、そこにパンク・ロックを通過した世代特有の「性急さ」と「不遜な態度」が刻み込まれているからに他なりません。
「メドウェイ・サウンド」と称されるこの独自の響きは、完璧な演奏よりも「感情の爆発」を優先します。二人のフロントマン、ビリー・チャイルディッシュとミッキー・ハンプシャーが織りなすラフなコーラスワークと、畳みかけるようなビートは、聴く者を瞬時にチャタムの狭いライブハウスへと引き込みます。
厳選トラック・ガイド
・「Little Bettina」 アルバムの幕開けを告げる、躍動感に満ちたナンバー。キャッチーなリフと軽快なリズムが、ミルクシェイクス流のポップ・センスを物語っています。
・「She’s No Good to Me」 ガレージ・ロックの真髄とも言える、苛立ちと焦燥感に満ちた一曲。不穏なギターの音色が、彼らの持つパンキッシュな側面を強調しています。
・「She’s Just Fifteen Years Old」 50年代ロックンロールへのオマージュを感じさせつつも、その仕上がりは極めてワイルド。伝統を自分たちの血肉に変えて吐き出す、彼らのスタイルが象徴されています。
・「That’s My Revenge」 リベンジというテーマを、鋭利なビートに乗せて叩きつけるキラーチューン。シンプル極まりない構成の中に、ロックの持つ原初的な高揚感が凝縮されています。
総評
『Nothing Can Stop These Men』は、音楽がビジネスや流行に飲み込まれる前の、もっとも純粋で、もっとも危険だった頃の姿を思い出させてくれます。ここにあるのは、最新のテクノロジーではなく、古いVoxのアンプと、使い古されたギター、そして「最高のビートを鳴らしたい」という純粋な欲望だけです。
もしあなたが、今の洗練されすぎたロックに飽き足りているのなら、このアルバムの針を落として(あるいは再生ボタンを押して)みてください。数秒後には、ザ・ミルクシェイクスという「止められない男たち」の虜になっているはずです。


